ごあいさつ
当宿は明治末から大正初めにかけて現在地にて茶屋を営みながら当宿正面の「河原湯」を守って来ました。
現在は「手湯」として園地になっています。
当時はどの旅館も内湯は持たず、外湯へ通う形でした。
昭和3年11月16日「湯元の大火」で殆どの湯元温泉の宿が全焼し、当宿も昭和4年に2階建てを新築、
昭和11年に3階建てに増築し、同時に内湯を作りました。
当時の冬期間、旅館は寒さも厳しく客も無いため閉めて下山していました。湯元スキー場の開発に伴い、通年営業するようになりました。また今上天皇(当時は明仁皇太子)は昭和20年疎開中の「南間ホテル」にて玉音放送をお聞きになり終戦を迎えられました。近衛兵は当宿に滞在、徹底抗戦の空気の中緊迫した場面もあったそうです。そうやって風情ある温泉宿の旧館は戦前戦後の60年の歴史を見守り続けて来ました。
しかし昭和50年代全国各地の温泉旅館の火災にともない改正された新消防法の規制により旧館での営業が許可されず、やむなく昭和61年に現在の防災管理が安心できる建物に建て替えました。その後何回か改築し現在に至っています。
けれども激動の日本の歴史と共に当宿は旧館からの想い、お客様への感謝の気持ち、そして天然の湯を守り続けてまいりたいと思っております。どうぞ、この湯はいにしえからの地球のささやきです。
自然の慈しみに身をゆだね癒されますよう心より祈っております。
四代目 館主 福田泰夫
当館は「エコキーパー事業所」に認定されました。
栃木県では、事業所における自主的な地球温暖化対策を促進するため、
事業活動において地球温暖化対策に関し優れた取組を実施している事業所を、
「エコキーパー事業所」として認定しています。
当館は温泉を利用したパネルヒーター及び給湯設備を設置しエコキーパー事業所として
★★★ランク認定されました。
毎日365日捨てている温泉を使い、化石燃料を使わず、CO2も削減、安定した良質の暖房と、
深夜電力を使い、温泉熱とヒートポンプで静かで安定した給湯をご提供しております。